大判例

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東京高等裁判所 平成元年(ネ)2300号 判決 1990年7月18日

控訴人

右田勇

右訴訟代理人弁護士

石島泰

被控訴人

株式会社丸藤商事

右代表者代表取締役

遠藤専一郎

外一名

右両名訴訟代理人弁護士

石川隆

主文

一  原判決中次項の請求を棄却した部分を取消す。

二  被控訴人らは控訴人に対し、連帯して金二〇〇万円及びこれに対する昭和六三年五月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその余の控訴を棄却する。

四  訴訟費用は第一・二審とも被控訴人らの負担とする。

五  この判決は主文第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取消す。

2  被控訴人らは控訴人に対し、連帯して金四〇八万七七一〇円及びこれに対する昭和六三年五月一一日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。

4  仮執行宣言

二  控訴の趣旨に対する答弁

本件控訴を棄却する。

第二  当事者の主張

当事者双方の事実の主張は、原判決書二枚目裏九行目末尾に「、控訴人は右代金を分割払いで返還し、代金を完済したときにフランスベッドとの関係でも賃借人の名義を被控訴人丸藤から控訴人に変更す」を加え、原判決書三枚目表五行目中「前訴裁判の前記認定」を「控訴人が「エルグレコ」の経営主体であり、また同被控訴人が本件店舗の賃借権譲渡の代金を受領し、したがって本件店舗の賃借人たる地位も控訴人に移転した」に改めるほかは原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

第三  <証拠関係 略>

理由

一請求原因1ないし3の事実(被控訴人丸藤による前訴の提起、その請求原因、これに対する控訴人の主張、被控訴人丸藤の敗訴判決の確定)は当事者間に争いがない。

二そこで、被控訴人丸藤による前訴の提起、遂行が不当訴訟に該当するか否かについて判断する。

1  <証拠>を総合すれば前訴裁判所の認定判断と同様の事実、すなわち、控訴人は当初から「エルグレコ」の経営主体であったこと及び控訴人が被控訴人丸藤から本件店舗の賃借権を譲り受ける旨の契約をして、遅くとも昭和五七年三月三一日には代金の支払いを全部終ったこと、これによって本件店舗の賃借権は控訴人へ確定的に移転したことを認めることができる。

被控訴人丸藤は、前訴において、本件店舗の風俗営業の許可は被控訴人丸藤名義で受けていること、本件店舗の内装工事の請負契約も被控訴人丸藤名義で行ったこと、控訴人は毎月被控訴人の事務所に売上や経費の明細などの営業状況を報告し、被控訴人丸藤はこれに基づいて本件店舗の従業員(控訴人を含む)の給与の源泉徴収額を納税し、所得税の申告もして納税してきたこと、フランスベッドとの間の本件店舗の賃貸借契約の更新も被控訴人丸藤名義で続けてきたこと、本件店舗の売上金の回収に当たって、被控訴人丸藤が原告になって訴えを提起し、その判断で和解をしたこともあったこと、などを挙げて被控訴人丸藤が「エルグレコ」の経営主体であり、控訴人は被控訴人丸藤の従業員(支配人)にすぎなかった、また本件店舗の賃借人も始終被控訴人丸藤のまゝであったと主張し、本件控訴でも、これが真実であり、前訴の判断が誤りであると主張する。そして、控訴人も被控訴人丸藤が前訴で主張した右の各外形的事実自体は別に争っていたわけではなく、本件訴訟でも被控訴人らが主張している右の外形的な事実は争っているわけではない。

しかしながら、前訴における判決中の判断でも示されているように、前掲各証拠によれば、控訴人と被控訴人丸藤との本件店舗の賃借権譲渡の契約はあっても、控訴人の代金の支払が完了してはじめて賃借権が控訴人に移転するものであったし、賃貸人であるフランスベッドの承諾を得たのはずっと以後のことであったと認められるから、対外的にはすべて被控訴人丸藤が賃借人となり、また、本件店舗の経営主体とする外形をとっていたことはむしろ当然ともいえるのであって、被控訴人らが挙げる各事実はその主張の正当性を裏付ける証拠になるものではなく、当裁判所の先の認定(前訴判決の認定)の妨げになるものでもない。

2 ところで、本件訴訟における問題の中心は、前訴において控訴人が主張し、被控訴人丸藤が争った本件店舗の賃借権の譲渡契約があったかどうか、このことと関連して、本件店舗の経営主体が控訴人であったか被控訴人であったか自体ではなく、この点は控訴人の主張どおりに前訴の判決が確定したことを前提として、被控訴人丸藤の前訴提起が不当提起として不法行為にあるかどうかにある。そして、前訴で認定され、当裁判所も同様に認定する本件店舗の譲渡契約は、控訴人と被控訴人丸藤の代表者である被控訴人遠藤との間で締結されたものと認められるのであるから、本件訴訟で検討すべきことは、もっぱら被控訴人ら、実際には被控訴人丸藤代表者でもある被控訴人遠藤の、この点にかかる認識いかんである。わかりやすくいえば、被控訴人遠藤の前訴における供述が、虚偽のものと認められるか、無理からぬものと認められるかに尽きる。念のため付言する。本件では、被控訴人遠藤が解釈をまちがえたとか、思い違いをしたというようなことが問題になっている事案ではない。当人が賃借権の譲渡契約をしたかどうか、代金を受け取ったかどうか、いい換えればその供述の真偽が直接争われてきた事案である。原判決が挙げるような事情は、被控訴人遠藤の認識を問題とするに当たって考慮し得るようなものではない。

3  そこで、項を改めて、被控訴人遠藤本人の前訴における供述及び原審での供述の信用性について検討する。

(一)  前訴及び本件控訴において、もっとも重要な証拠である成立に争いない甲第一一号証の一ないし三(前訴の乙第一号証の一ないし三)についての供述をみる。被控訴人遠藤は、これは控訴人が売上の剰余金を被控訴人丸藤に届けたときの領収書であるという。しかし、その数字は切りのいい数字になっていて、月々の売上金の剰余金とは思えない上、同被控訴人による集計額の書き込みがある(五三年一二月の一七五〇万、五四年七月の二二〇〇万。同年八月の二二五〇万)。これは、控訴人のいう賃借権譲渡代金の支払の領収を推認させるものである。さらに、昭和五三年五月の領収金額は八二三万円という異常な高額である。これは、控訴人が前訴で主張し供述するように、被控訴人丸藤の同年四月一日の第一勧銀からの借入金(成立に争いない甲第一四号証(前訴の乙第一三号証))を控訴人が引き受けて弁済することとしたことに伴う入金処理であることはまず間違いない。しかるに、被控訴人遠藤のこの点に関する供述は、前訴では右借入金との関連を全面的に否定し、「エルグレコ」の売り上げた現金の入金であるといい、本件訴訟の原審では、右被控訴人丸藤の借入金との関連を認め、被控訴人が借り入れて控訴人に運転資金として八〇〇万円を貸したが不要になったので返しにきたものだという。この供述の変遷自体も無視できないが、原審での供述は、弁解にすらならない不自然なものである。

(二)  次に、被控訴人遠藤は、前訴において、「控訴人は本件店舗の賃借権の譲渡を希望して被控訴人丸藤と折衝をしていたが、控訴人の手持ち資金が少なくて、譲渡代金を二〇〇〇万円とする被控訴人丸藤の意向に応じることができなかったので譲渡契約は成立しなかったが、控訴人の希望もあり、これまでの経験を活かす意味で控訴人を従業員として給料月額二五万円で雇用することにし、本件店舗の内装工事の費用は被控訴人丸藤で負担するかわりに控訴人はそれまでの店の客や客付きのホステスを連れてくることにし、保証の意味で控訴人から二七〇万円を預かった。」旨供述し、原審でもこれを維持している。しかし、この供述自体前訴の判決も指摘するように、きわめて不自然である。内装工事の費用を負担してもらうにしても(実はこれも後に述べるように控訴人が負担したとみるのが合理的である。)、営業不振で被控訴人丸藤が売りに出していた本件店舗を、控訴人が譲り受ける話もできていないのに、必要な従業員(ホステスを含めて)や顧客を用意し、しかも二七〇万円もの保証金を預けて、自らは二五万円の給料で働くというのは、よほどのお人好しでなければとても受け入れるところではないであろう。

(三)  さらに、被控訴人遠藤の前訴における供述には、ほかにもいろいろの疑問点がある。順次指摘する。

(1) 前訴において、被控訴人遠藤は、被控訴人丸藤が一貫して「エルグレコ」の経営主体であったと供述する。しかし、その売上や経費の状況がどのように推移していたかについての概要の数字についてすら、反対尋問に全くといっていいほど答えることができないでいる。本当に経営主体であったのなら、考えられないことである。

(2) 前訴において、被控訴人遠藤は、「エルグレコ」の内装工事の代金の他運転資金を負担していると供述する。しかし、証拠上窺われるのは前記甲第一二ないし一四号証の三〇〇万円、五〇〇万円、八〇〇万円のみである。しかも、これらの証拠は、控訴人から提出されている。被控訴人遠藤は、これらの証拠が控訴人の手中にあることについて、「エルグレコ」の借り入れと返済の状況を理解させるために控訴人に渡したと供述する。果たしてそうであるかは疑わしい。控訴人のいうとおり、控訴人が支払をしたからこそ控訴人の手元にあると見るほうがよほど自然であろう。甲第一四号証の八〇〇万円の借り入れについての被控訴人遠藤の供述の信用できないことはすでに触れた。同じようなことが甲第一二、一三号証についてもいえる。

(3) 前訴において、被控訴人遠藤は、昭和五八年頃になって、控訴人に本件店舗の賃借権を譲ってもよいと考えて、控訴人と一緒にフランスベッドの不動産管理を担当している「しげる不動産」に赴き、被控訴人丸藤とフランスベッドとの間の賃貸借契約書と敷金の預り証を「しげる不動産」の担当者布川明男に渡したことを認める供述をしている。ところが、その際控訴人との間で譲渡代金の話もその他の条件の話も全く出なかったという。これも、何とも不自然なことである。原本の存在及び成立に争いない甲第一九号証、乙第三七ないし三九号証の各一、二によれば、被控訴人遠藤と控訴人が布川を訪ねたときには、賃借権の譲渡自体の話はすでにできていて、あとは細部のつめを残す程度であったとみるほうがよほど素直な見方であろう。つまり、被控訴人遠藤と控訴人が布川を訪ねた後に被控訴人丸藤と控訴人との間に紛争が生じたと認められる。このことは、控訴人の前訴における主張の正当性を裏付ける事情ともなるといってよい。

(4) 最後に、被控訴人遠藤の前訴における供述は、反対尋問において答えに窮する場面もときどき見られること、原審における供述で、前訴の判決に対して不服を申し立てなかった理由に関する部分は、まじめな弁解ともいえないものであることも指摘しておく。

以上に検討したところによれば、前訴における被控訴人遠藤の供述は、虚偽の供述と認められてもしかたないというべきである。そうすると、被控訴人丸藤の控訴人に対する控訴の提起、それも控訴人の横領という犯罪行為をあえて主張してした訴え提起は、裁判を受ける権利の重要性を考慮しても、行き過ぎた不相当な行為と評価されてもやむを得ない。前訴の提起、遂行は控訴人に対する不当訴訟として、不法行為を構成するというべきである。

そして、被控訴人遠藤は、自ら控訴人との間で賃借権譲渡の交渉にあたり、被控訴人丸藤を代表して前訴を提起、遂行したのであるから、右不当訴訟について民法七〇九条の不法行為責任を負うものである。また、被控訴人丸藤も、その代表者たる被控訴人遠藤がその職務の執行として行った前訴の提起、遂行という不法行為について、民法四四条一による賠償責任を負うものというべきである。

三そこで、右不法行為によって控訴人の被った損害について判断する。

1  慰謝料

控訴人は前訴により応訴を余儀なくされたのみならず、本件店舗の売上金を着服横領したと主張されて、前訴係属中相当の精神的損害を受けたことが認められる。もっとも、控訴人としても、たとえ被控訴人遠藤を信頼していたにせよ、最も重要な賃借権譲渡契約書があったのなら、その確実な写しを手許に残すなどの方法を講じておけばこれほど紛争がもつれることはなかったと思われるのに、このような配慮に欠けたことがいっそう紛争を拡大した面も否定できないことなどの諸般の事情を勘案すると、本件不法行為により被控訴人らが控訴人に対し賠償すべき慰謝料は金五〇万円をもって相当と認める。

2  弁護士費用

弁論の全趣旨により成立の認められる甲第一八号証、原審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は前訴の応訴のために石島泰弁護士と訴訟委任契約をし、着手金及び成功報酬として前訴被請求金額の約一割にあたる合計金三〇八万七七一〇円を支払うことを約し、既に金一三〇万円を支払っていることが認められる。しかし、前訴の訴訟の経過、紛争解決の難易度のほか、1に述べた事情をも勘案すると、右の弁護士費用のうち被控訴人らの不法行為と相当因果関係のある損害は、約束のほぼ二分の一の一五〇万円の限度で認めるのが相当である。

四以上判示したとおり、控訴人の本訴請求は被控訴人らに対し、連絡して損害賠償金二〇〇万円及び本件不法行為後である昭和六三年五月一一日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余は失当として棄却を免れない。

よって、原判決中控訴人の本訴請求のうち主文第二項掲記の金額にかかる請求を棄却した部分は相当でないから、これを取り消してこの請求部分を認容し、その余の請求を棄却した部分は相当であるから、この部分についての控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条ただし書、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官上谷清 裁判官亀川清長 裁判官小林亘は転任のため署名押印できない。 裁判長裁判官上谷清)

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